運営方針とプロフィールと生い立ち

『運営方針』

自分の今まで経験した仕事の話や恋愛の話、一人暮らしの話などメインで記事にしていこうと思ってます。
変わった友達が多いんで、そんな友達の体験談をあたかも自分に経験のように話すことをお許しください(笑)



『プロフィール』


1994年生まれの超ゆとり世代

趣味は漫画観賞にゴルフ、筋トレにブログ、マッチングアプリにAV観賞(笑)

特技は布団に入って3秒で寝れること

最終学歴は工業系の短大卒です。

仕事は漁師見習い、水道屋さん、型枠基礎屋さん、解体屋さん、コインパーキング管理会社、電気屋さん、といろいろやってきて今は電気関係のお仕事してます。

夢は電気工事で企業して社長業をすることです。

好きな言葉は「人生を楽しむコツは、どれだけ馬鹿なことを考えるかなんだ」
これは僕の敬愛するルピン三世のからの贈り物です。






『成功を夢見る26歳独身男の生い立ち』


小さな街の一つ屋根の下、愛する母から生まれ落ちた。
俗に言うヤンチャ坊主でしたが、昔から運動には自信があって小学校時代は、学校ではヤンチャ坊主、家に帰ったら真面目なサッカー少年を演じておりました。
自慢になりますが、徒競走、マラソン大会、水泳大会、縄跳び大会、6年間全て一位を取りました。
ちなみに1学年の人数は50人です(笑)
余談ですがスポーツ万能なチョイ悪小僧はかなりモテましたよ〜多分人生のピークです(笑)
もし僕のブログに辿りついた小学生がいたらクラスの盛り上げ役になってスポーツ頑張りましょう!
絶対モテます(笑)

中学に上がる時にヤンチャ坊主とサッカー少年は両立できんなと思いまして、なぜか血迷ってヤンチャ坊主1本になっちゃいました(笑)
それからはここには書けないような悪事もやりながら友達との友情も深めながら恋愛もしながらなんとか中学を卒業
ちなみに中学時代の面白エピソードは結構あるんで追々記事にします。

親の願いもあってなんとか定時制高校に入学するも、夏休みまでの4ヶ月で2度停学になってしまい単位を落として無事高校生活終了。
おかあちゃん、ほんとにごめんなさい(笑)

学校を辞めてはれて社会人になったわけですが、仕事の探し方すら分からなかった当時の自分は、先輩にピンハネされながらガテン系の仕事を転々としてました。
「俺はこのまま先輩のお小遣いを稼ぐために生きるしかないのか」
と思っていたそんな時に、とあるラジオ番組で中卒ヤンキーが有名大学を卒業して地元の進学塾を運営している!というトークを耳にした。俺は「ここしかねぇ」と呟いた。
すぐにその塾に電話して入塾、先生の言う通りに毎日6時間くらい勉強したら高卒認定は3ヶ月くらいでとることができました。
それからもう2ヶ月くらい必死に勉強してなんとか国立理系の短大に合格。
これで俺もガテン系を卒業してエンジニア、プログラマーの仲間入りだぜ!
「今日も暑い中ご苦労さん」と思いながら短大に入学。

久しぶりの学校生活。
入学早々に感じる違和感・・・女がいねぇ。
やっちまった。冷静に考えれば工業系の短大に女の子がいるわけもなく、むさ苦しい短大生活2年間がスタートしました。
女の子がいないことで踏ん切りがついたのか、短大時代は勉強に明け暮れ気づけば成績はクラスで2番目。就職も楽勝だぜ!
と思っていたのが甘かった。推薦で大手企業を狙うも惨敗!
就職率の高さを売りにしてる短大なので先生からの圧が凄い(笑)
仕方がなく家から近くて楽そうなコインパーキング管理の会社に就職を決め無事短大も卒業。

やっとまともな仕事につけたー!
と思った自分が馬鹿でした。実態は全然まともではなかった(笑)
・仕事が始まる30分前に玄関、事務所の掃除
・深夜のパーキングでのトラブル対応という名の奉仕活動
・新人は一番最後に帰るという謎のルール
もちろん時間外手当ても支払われず
でも、サラリーマンは年功序列の世界だからな〜てことで一応新卒から働いている45歳の先輩に年収を聞いたところ「350万」
いろいろ悩んだものの、星の数ほどの会社があるのにこんなところで無駄な時間を過ごすわけにはいかん!ということで新卒で入社した会社も3ヶ月で退職。

勢いに任せて会社を辞めたものの、なかなか行きたい会社が見つからなかった僕は、短大の勉強を活かしつつ新しい土地で心機一転やりなおそう!
てことで大阪の親戚が経営する電気屋さんに就職する。
22歳にして初めての一人暮らしを経験して、なんとなく自立できたことに興奮したのも束の間、親戚の電気屋さんが倒産してしまう。
このままじゃ家賃も光熱費も払えねぇ!てことでうちの電気屋さんが外注で仕事をお願いしていた個人事業の電気工事屋さんに頭を下げて雇ってもらうことに(笑)
ちなみに労働条件は月18万の固定給、24日以上働いた月に関しては別途手当てをつける。
という話で契約し波乱万丈の電気工事士生活がスタートした。

そんなこんなでまたガテン系の仕事に戻ってきたわけですが、この親方かなりの切れ物で曲者でした(笑)
最初に言うと初月の労働日数は33日・・・これ、どういうことかと言うと日勤、夜勤、日勤、夜勤、みたいな感じで1日18時間働いて2日分の仕事をする感じです(笑)
もちろん次の日もそのまま仕事です。
そして待ちに待った給料日、講座を確認してみると18万円の振り込み。
こりゃひどい!働き損だわ!!!!
と、思ったものの辞めたら飯が食べれんし、田舎に帰るのも嫌だし、何より電気工事の仕事は楽しいし、そんで親方も面白いし、バリバリ仕事できるし、電気工事の仕事に夢を与えてくれる。
ちなみに親方は18歳から電気工事の仕事はじめて、22歳で独立、それから当時31歳になるまで月収100万を切ったことがないんだと・・・凄すぎる!
てなわけで、俺もそんな電気工事士をめざして過酷な労働をこなしていく。
そんで1年が経過してまわりの人から「よくやるなー」「1年でそんだけできたら凄い」とお世辞を言われたのを真に受けて独立(笑)
最初の1ヶ月の収入は20万円、2ヶ月目の収入も20万円。
はい。完全に考えが甘かったです。
やっぱり多少の技術と工具、営業能力は必要だなと思って
働いた日数は1日18000円で11日前後、収入は少し増えたものの半ニート状態で先の見えない環境に耐えかねて、もう一回お勤め人になることを決める。
電気工事にもかなり種類があって、前の会社は新築住宅、店舗改装、リフォーム、エアコン工事がメインだったんだけど、どうせやるならもっといろんな工事ができる会社にしよう!てことでいろいろ探した結果、現在も働いている広島の電気工事会社に就職が決まる。

大まかな流れはこんな感じで、詳しい話は追々記事にしていこうと思います!


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